家康に名前を覚えてもらえないというキャラクターの夏目広次ですが、家康の三大危機の三方ヶ原の戦いでは命懸けの使命を果たします。
今回は『夏目広次(甲本雅裕)』『三方ヶ原合戦』について少し調べてみました。
みなさんも気になりませんか?
ちょっと覗いてみましょう!
夏目広次について
- 名前:夏目広次(なつめひろつぐ)
- 生年:1518年~1573年1月25日
- 素性:松平元康の古参だが三河一向一揆では一度、寝返っている
が、最終、再度、元康側につき一揆制圧の一躍をになった
三方ヶ原合戦で家康の身代わりとなり討ち死 - 役者 甲本雅裕(こうもとまさひろ)
三方ヶ原の戦い
徳川家康の三大危機の2つ目。
武田信玄の西上作戦の過程で起こった「三方ヶ原の戦い」。
桶狭間の戦いで織田信長が今川義元を討ち取ったことで信長と同盟を結んだ家康だったが
武田信玄からは『弱気国主は悪』と評され、家臣に下るように迫られます。
家康は家臣と軍議を開き、対抗することを決意します。
が、そもそも当時の徳川の戦力は武田軍に太刀打ちできるものではなかったため、簡単に攻め落とされる対象だったと言われています。
武田と織田も同盟関係にあったため、徳川にとって頼みの綱であった織田からの援軍もほとんどなかったとも言われています。
そんな中、家康は、浜松城を素通りしていく武田軍の背後を突こうと奇襲を狙います。
先にも書きましたが、本多忠勝と大久保忠佐の殿軍(しんがり)で、なんとか逃げ切ったとされています。
家康の身代わり
本多忠勝と大久保忠佐の殿軍でなんとか逃げ切ったとされていますが、一番の功労者は夏目広次ではないでしょうか。
無謀に戦いを挑もうとした家康を無理やり馬に乗せ、馬の尻を叩き、逃がしたと言われています。
その後『われこそ家康なり!!』と身代わりとなり敵陣へ突撃し、討ち死にします。
強い武将、忠義の家臣、様々な家臣に支えられ天下取りの道をなんとか進んでいきます。
番外編
- 名前:甲本雅裕(こうもとまさひろ)
- 生年月日:1965年6月26日
- 出身:岡山県岡山市
今回のブログで初めて知りましたが、THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)のボーカル甲本ヒロトは実兄。
以前から演技に独創性を感じていましたが、血筋が関係しているとは驚きです。
まとめ
今回の大河ドラマで改めて明らかになってくるかと思いますが、家康が天下をとることができたのは家臣の力が大きかったと思います。
信長の強い支配力、秀吉の人たらし、それらに対して家康は家臣に恵まれていたのでしょう。
まだ大河ドラマ前半ですが、今後も家康を取り巻く家臣たちの人物像を楽しみしたいと思います。